SPECIAL

特別展示(非売品)

鉄道マニア垂涎の秘蔵国鉄お宝グッズの特別展示コーナーが設置されます。
昔懐かしい蒸気機関車や寝台特急に思いをはせてみてはいかがでしょう。
また、国鉄時代の二俣線の標識なども展示され、時代の変遷を感じさせてくれます。

寝台特急「さくら」ヘッドマーク

ここで展示しているヘッドマークは九州内専用の中華鍋タイプ(ふくらみがあるもの)。
長らく東京~長崎・佐世保間を結ぶブルートレインだった寝台特急さくら号。乗車率の低下に伴って佐世保発着を廃止し、熊本発着の寝台特急はやぶさと併結するようになり、2005年春のダイヤ改正で廃止された。伝統ある列車名はその後も人気を誇り、山陽・九州直通新幹線の名称として復活した。

寝台特急「富士」ヘッドマーク

山型ヘッドマークは本州内でEF66の先頭に取り付けられていたが、はやぶさ号との併結運転となった末期にはED76型などの交流型機関車のヘッドを飾り、JR九州管内で使用された。寝台特急富士は1964年10月1日に東京 - 大分間で運行を開始し、その後日豊本線経由で西鹿児島駅(現・鹿児島中央駅)まで延長し、東京 - 西鹿児島間1,574.2kmを24時間以上かけて運行する日本最長運転の定期旅客列車となった。 しかし、その後利用者の減少が続き、2009年春のダイア改正で廃止された。

「D51 777」ナンバープレート

国鉄D51形蒸気機関車。愛称「デゴイチ」は、日本の蒸気機関車の代名詞にもなった。
D51は、国鉄の前身である鉄道省が設計、製造した。 主に貨物輸送のために用いられ、太平洋戦争中に大量生産されたこともあって、国鉄における所属総数は1,115両に達しており、ディーゼル機関車や電気機関車などを含めた日本の機関車1形式の両数でも最大を記録した。

「EF10 31」ナンバープレート

国鉄EF10形電気機関車。25号機以降は1942年に完成した下関駅 - 門司駅間の関門トンネル電化区間への投入を前提に製造された。1961年に鹿児島本線九州地区が交流電化されたことから、関門トンネル用機関車も門司駅構内の交流電化区間を走行可能な交直両用のEF30に置き換えられることになり、直流専用のEF10形は撤退し東海道本線などで使用された。最後に残った豊橋機関区の飯田線南部の貨物列車運用も、後継形式であるED62形の増備で次第に廃車が進み、1979年には31号機の1両が残るのみとなった。しかし31号機は、ダム建設による臨時貨物列車運転の予定があった為に暫く残される事になったが、1983年に廃車になり、形式消滅となった。

国鉄特急側面方向幕

公共交通機関の行き先や運行区間、路線名などを表示するため車両に設置される幕を使用した装置である。Rollsign(ロールサイン)とも呼ばれる。 この方向幕には、「さくら・みずほ・はやぶさ・富士・あさかぜ・あかつき・彗星・日本海・ゆうづる・あけぼの・はくつる・いなば・紀伊・明星・出雲・北陸・北星・きたぐに・能登・妙高・津軽」の21の特急名が記載されている。

国鉄二俣線

国鉄二俣線は、1935年(昭和10年)4月掛川-遠江森間の開業を皮切りに、
東海道本線のバイパス路線の役割を担い、 順次西へ延伸していった二俣東線が開設された。
一方、新所原を基点に東へ延伸していった二俣西線であるが、1940年(昭和15年)6月に掛川-新所原間が全線開通し、二俣線に改称された。
その後、1987年(昭和62年)3月国鉄二俣線が廃止され、天竜浜名湖鉄道として民営化され、いくつかの駅が増設され現在に至っている。
以下に掲示した画像は、国鉄から民営化した際に取り外された各種表示板等である。

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